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堀江範一の「さくら物語」


「自立」への扉が見える。さくらの立ち上げ

●転機 髙橋さんが訪ねてきた!

そんな八方塞がりの状態だった35歳ぐらいの頃にある人が、当時私が入院していた宇多野病院に訪ねてきてくれました。私がよくショートステイを利用していた施設で働いておられた、髙橋幹人さんです。そして髙橋さんはなんと「一緒に居宅介護事業所をしないか」と誘ってくれたのです。

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髙橋さんが事業所を始めたいとは初めて聞く話でしたが、将来に希望を持てず、後ろ向きなことばかり考えていた当時の僕にとって渡りに船。本当に願ってもない話でした。
福祉のことなど全くわかりませんし、興味もありませんでしたが、自分自身の将来のことを思うと、これは大きなチャンスだと思いました。
できる、できないではなく、やるしかないと思いました。

事業所開設に向けて、髙橋さん、髙橋さんと同じ施設で知り合った牧野令子さんと僕、3人であちこち出かける日々が始まりました。
役所へ行ったり、知り合いに相談にいったり、事務所の候補物件を探しにいったり、いろいろな所に出かけていきました。ずっと家にこもっていた僕にとっては、一つひとつが刺激的なことばかりでした。

そして、2006(平成18)年に居宅介護事業所・福祉処さくらを立ち上げることになりました。

●人の役に立つ喜び さくらで仕事を始める

さくら立ち上げ当時の僕は、さくらの運営会社・レトイチの代表になった髙橋さん、さくらの所長になった牧野さんに、おんぶにだっこで、ほとんど力になれていなかったと思います。
それでも、ほんの少しでも自分に出来ることがあると実感でき、それが嬉しくてたまらなかった記憶があります。
それまでの自分は、できていたことができなくなることばかり。それが今度は、できることがどんどん見つかっていくそして、今まで人に助けてもらうばかりだった自分が、どんなに小さなことでも事業所の力になっていると思え、巡り巡って利用者さんの役にも立っていると思えることが嬉しかったのです。

さくらがスタートしてからは、できることを少しずつ増やし、何でもどんどん吸収することが、自分にとって一番必要だと思ってがんばってきました。パソコンを使った事務仕事を中心に、役所への申請書類の作成をはじめ、介護報酬請求事務、会計など、いろいろな仕事をさせてもらっています。自分の可能性がどんどん広がり、こんなにありがたいことはありません。

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ちなみにパソコンは、家にこもっていた頃、暇に任せてあれこれ触っていたのが、今に役立っています。
当時、時間だけは贅沢にありましたので、表計算ソフトを使って数字選択式宝くじ「ロト6」の予想でもしてみるかと少しピントのズレた決意をし、一攫千金の甘い夢に心奪われていました。
そして、甘い夢につられて、知らぬ間に表計算ソフトが少しずつ使えるようになっていました。
人生、無駄なことなんて何ひとつないです。どこで何が役に立つのかわからないものです。

ところで、障害者が働ける場所を見つけるのは、本当に難しいものです。障害者で働きたいのに働けないという方、能力はあるのにそれを発揮できる場所がなく、悔しい思いをしている方が今、たくさんおられると思います。

そう思うと、働ける場所がある僕はとても恵まれています。
しかし、これは単に運が良かったというだけではないと思っています。
さくらという事業所があって、初めて実現していることです。

さくらには、障害があるないにかかわらず、ともに協力し合うことで豊かな暮らしを実現していこうという理念があります。
その思いがあって、今の自分があり、そしてこういう自分がいることで、さくらがさくららしくあるための一部になっているのではないかと思っています。

●念願の一人暮らしがスタート

さくらが立ち上がって1年が経った2007年9月に、僕自身の大きな目標のひとつだった「一人暮らし」が実現しました。

最初は一人暮らしなんて、夢のまた夢ぐらいに思っていました。
一人暮らしを思ってはすぐに諦め、また思っては諦め、それでもやっぱりと思ってもまたすぐ諦め、そんな感じで、ぼんやりと一人暮らしというものを、ただ眺めていたような感じでした。
それが髙橋さん、牧野さんと出会い、さくらを立ち上げることになり、たくさんのヘルパーさんが来てくれて、ケースワーカーさんに何度も話を聞いてもらい、すでに一人暮らしを実現している障害者の方にアドバイスしてもらったりと、いろいろな人との出会いにより、状況がどんどん変わっていきました。
そして、とうとう一人暮らしが実現したのです。ほんの少し前にはできるわけがないと思っていたことが、いろいろな人との出会いや助け、協力によって実現できたことは僕にとって、とても貴重な経験となり、自信となりました。それはまた、僕の一人暮らしの実現と就労を目標としていたさくらにとっても、大きな自信となりました。

ほぼ24時間介護を必要とする僕の一人暮らしは、自分一人の力では実現できないことでした。
多くの人に助けられ、協力してもらえる人との繋がりが、可能性をどんどん広げてくれたのだと思います。
人との出会いと繋がり、これからも、ずっと大切にしていきたいことです。
ちなみに僕は、金運、健康運、勝負運などはあまりよくないですが、人間運みたいなものはなかなかいいみたいです。

●障害者の「自立」とは……自分で自分のことを決めることができる喜び

就労と一人暮らし、自分自身が思い描いていた「自立」が現実のものとなり、毎日がウキウキしたものになりました。
実際に一人暮らしが始まってみて、それまでの生活と決定的に違ったのは、自分で自分自身のことを決められることでした。

両親と家で暮らしていたときは、そうはいきませんでした。それはそうです。父親には父親の、母親には母親の都合があります。仕事や買い物のほか、食事の準備や洗濯などの家事、孫の世話といろいろな用事があり、その中で僕の介護もしなければならないわけですから。何時まではベッドで寝ていて、いつまでにご飯を済ませて、しばらくそこでパソコンでもしていて、用事ができたので来月のこの日にショートステイに行ってきてお互いがお互いのことに左右されながら生活していました。
それが、一人暮らしを始めると一変したのです。とくに、普段の暮らしのなんでもない些細なことが自分で決められるそれが、一番自立したと感じられることでした。
どんな小さなことでも、自分で自分のことを決められるということは、すごく幸せなことです。

自立については、いろいろな考えがあると思います。
単に一人暮らしができたからといって、自立したことにはならないと思いますが、このときの僕は、単純に「一人暮らしができた」ことで、将来に対しての安堵感、高揚感を存分に感じることができ、まさに「人生バラ色」を感じていました。

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