ブログ

2026.03.17
東日本大震災 3月11日

忘れもしない、2011年3月11日14時26分・・・
この日事務所でお昼ご飯を終えてゆっくりしていた時になんか身体がふらふらしてる?目眩?何?
上を見たら電気が揺れている。えっ、地震?直ぐにテレビを点けてみた。
そこからは恐ろしい光景が順に目に入ってきた。津波?まさか?こんなに大きな津波?
どんどん恐ろしい映像に変っていく様を見て逃げて!と叫ぶしかなかった。
今年15年を経て改めて当時の映像を見た。どんなに怖かっただろう。どんなに悲しかっただろう。
どんなに寒かっただろう。どんなに、どんなに・・
気付いたらなんとも言えない気持ちで涙が止まらなかった。

亡くなった方達を思い、生きた自分が苦しくて、呆然と佇んでいる方々の表情がたまらなく悲しかった。
放射能汚染地域、そこで働いていた人達、子供が津波でさらわれてしまったお父さん、お母さん
両親を亡くした子供達、大好きなおじいちゃん、おばあちゃんがいなくなってしまった楽しかったであろう家族、こんなことが起こってしまうんだと自然の怖さを実感。
またその陰で一生懸命救おうと動いてくれた方達がいた、自分だって放射能を浴びるかも知れないのに覚悟を決めて動いてくれた方達がいた。

大人になった子供の言葉
「全部無くしてしまって自分が今までどんだけ幸せだったかを知ることが出来た」

お正月の能登の地震も阪神淡路大震災も熊本も北海道も復興したとは言え、今後も起こりうる地震に災害に備えて私達はどうしたらいい?
沢山の震災、災害を乗り越えてきた日本の人達、支援してくれた世界の人達、凄いよね。
これから国を支える若い人達、子供達、孫達、どうかどうか生きることの大切さを学んで欲しい。
私は何も語れない情けないおばあちゃんだけど今、生きていることを喜びたいです。

                              とし より子